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山形家庭裁判所 平成元年(家)181号 審判 1990年1月15日

申立人 松田英子

主文

申立人の氏「松田」を「武藤」と変更することを許可する。

理由

1  申立人の本件申立ての趣旨は、申立人は昭和56年9月夫松田貞雄と協議離婚した際、戸籍法77条の2の届出をし、婚氏「松田」の氏を引き続き称することにしたものの、このたび両親の保持する祭祀の承継者たる立場になったこと、子も成長して氏の変更に同意していること等から旧姓である「武藤」の氏に復したい、というものである。

2  よって審理するに、家庭裁判所調査官作成の調査報告書その他一件記録によると、次の事実が認められる。(1)申立人は昭和45年1月松田貞雄と婚姻し、「松田」の氏を称することとなったが昭和56年9月3日松田と協議離婚した。(2)その際2人の子のうち長男輝明は夫が、二男充明は申立人がそれぞれ親権者となり引き取って養育することとなったが、松田は2人の子が兄弟として同一の氏を称すべきであるとして、申立人の氏をこれまでの「松田」とすることを提案したので、申立人もこれを承諾した。この時申立人は離婚後の称する氏について深く考えずにどららでもよいと思っていたこと、又いつでも旧姓に復氏できるものと考えていたこと、氏のことで松田ともめて離婚が長びくことを嫌ったこと等から、松田の前記提案を承諾し、戸籍法77条の2の届出をしたものであった。(3)申立人は離婚後スナツクを開業し、二男充明(昭和49年生)と2人だけの生活を送るようになった。(4)申立人には弟1人、妹1人があったが、弟は幼少の頃死亡し、妹峰子(昭和31年生)がいわゆる婿を迎えて両親と同居してその世話をすることになっていて、既に結婚の話もまとまっていたのに、申立人の離婚後の昭和56年12月同女は交通事故で死亡した。(5)そのため両親の世話をする者がいなくなり、昭和59年申立人は二男充明を伴って両親のもとに移り同居することになったが、一つの家の中で氏の異なる者が生活することで非常な不便と不愉快を感じ、申立人は旧姓の「武藤」に戻りたいと思うようになった。又両親もそれを強く希望するようになった。(6)昭和63年10月申立人は充明を伴い、両親のもとを出て、再び2人だけの生活に入り現在に至っているが、将来は両親と同居して同人らを世話し、いわゆる「後取り」として現在両親の保持している祭祀を承継することに決まっている。又二男充明も現在高校1年生になり、氏の変更に同意している。

3  以上の事実関係にてらすと、申立人の氏が社会一般に不都合を与えているとかという事情はなく、本件の変更申立ては専ら申立人側の主観的事情によること、申立人が離婚し婚氏を承継することとなってから既に8年を経過している等から考えて、呼称上の法秩序の維持と言う戸籍法の趣旨からすれば氏を変更すべき「やむを得ない事由」があるかどうかにつき問題がないわけではない。

しかしながら、婚姻に際し氏を改めた者が離婚に際し旧姓に復することは法の建前であって、戸籍法77条の2の届出により婚氏を継続使用することは、あくまでも例外である。又申立人が婚氏を継続するに至った事情が前記のとおり申立人の法の無知によるものであるが、申立人が自己の意思により婚氏を継続することができるのであるならば、同じく自己の意思により旧姓に復することもできると思ったことも、必ずしも責められるべきでもない。さらに離婚後妹の死という不測の事態となって、申立人が急拠両親の老後の世話をし、祭祀を承継すべき立場になったのであり、このことにつき祭祀承継者は必ずしも氏を同一にする者にはかぎらないわけではあるが、やはり旧来の地域の習慣や本人らの心情の上からどうしても氏を同じくする者が先祖の祭祀を承継すべきであるという事情もあながち軽視できないと考えられるのである。又社会的あるいは申立人の営業上の対第三者関係をみても、申立人の氏を変更することで若干の混乱はともかく特別不都合が起こる虞れもなく、この点につき申立人は世間では申立人が今迄夫と別居していたが今回正式に離婚したのかと思うだけであろうと述べているが、このことも一応うなづける。なお、本件申立ての動機も前歴の隠蔽とか借金の踏み倒し等不当なものではない。これらのことを考慮すれば、氏の変更が氏というものの呼称上の法秩序の維持と個人の自由意思の尊重との調和の観点から判断されなければならないとしても、本件の氏の変更は後者を優先させて差し支えない場合に該るというべきであり、結局、申立人が氏を変更するにつき戸籍法107条1項の「やむを得ない事由」があるというべきである。

よって、申立人の氏を「松田」から「武藤」に変更することを許可することとし、戸籍法107条1項により主文のとおり審判する。

(家事審判官 穴澤成巳)

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